長い学校生活の中で授業と同じくらい大事だとされる部活動。
世の中には部活動を崇拝している人間がいて、そういった大人は子供に部活動を押しつけます。
私もその一人で、中学、高校と担任の教師に興味もない部活動に強制的に入れられました。
どちらも1〜2年くらいは頑張って続けてみましたが、30歳の今になっても、あの時間は無駄だったなとしか思っていません。
部活とは青春、部活とは思い出、一生の友達なんて言葉が挙がりますが、正直ヘドが出ます。
この記事は、
- 部活を辞めたいと思っている学生が早く辞めていい人生を送れるために
- 子供が部活を辞めたいと言っているけど判断がつかない親御さんのために
- 部活の強制は反対だけど、部活強要派閥の先生方に意見できない先生方のために
綴りたいと思います。
(本当は部活を強要してくる大人に対して物を申したいですが、そういった人達はこの記事を読まないでしょう)
部活の経験がなくても世の中生きられる
タイトルでは勝ち組と自分で言っていますが、スペックとしてはこんな感じです。
年収: 世の中の平均よりは上
結婚: 既婚
仕事: 悩みはほとんどなく快適
まぁ、色々小さい悩みは多々ありますし、必ずしも裕福ではありませんが、不自由のない生活を送っています。
では、この生活を手に入れるために部活動が役立ったか?やっておけば良かったか?と聞かれれば、
答えはノーです。
部活動は社会や人間関係を学ぶ場?
私にとってこれまで社会や人間関係で大切な事を教えてくれた人達はアルバイトや習い事等の部活動以外の場所にいました。
中学、高校の部活動の先輩、同級生、後輩とは既に縁が切れています。もっと早く部活なんて辞めろと昔の自分に言いたいです
部活動をやっていないと就職に不利?
全く不利じゃないです。会社はいろんな人間を採用します。むしろ嫌嫌やらされる事に力を注いだ人より、自発的に何かに力を注いだ人の方が重宝されます。唯一不利なのは体育会系の会社に入れない事ぐらいでしょうか?まぁそんな会社は大抵…
得意じゃない事をやらされるのは辛い
得意じゃない事を部活動でやらされるとどうなるでしょうか。
- 足手まとい
- 能力の低い人間
- 邪魔
- やる気のない人間
- ナンデオマエココニイルノ
こんなレッテルを部活動内で貼られます。
そして部活ヒエラルキー最下位に自動的に位置づけられてしまいます。
部活推奨派の人間はヒエラルキーが下の人間がどんなに辛いか知らないでしょうし、考えもしないでしょうね。
きっと部活でもヒエラルキーが上の方にいたのでしょう。
部活ヒエラルキーが上だった人間は、誰しもが部活を美化していますが、下だった人間は辛い思い出しかないのではないでしょうか。
それだけ得意じゃない事を押し付けられるのは辛いのです。
私の場合はプログラミングと資産運用が好きな上、得意でした。
これらは部活を辞めた後に空いた時間で自分で勉強したものですし、今でも生活の糧になっている能力です。
資産運用研究会、プログラミング研究会、みたいな部活があったら楽しかったかもしれませんが、そんなものは私の中学・高校にはありませんでした。
部活の種類のレパートリーが少ないのも、興味のない事の押し付けになっている原因だと思います。
選択に責任をもつということ
部活を強制される事で、自らの選択に責任を持つと言う機会が失われています。
例えば、部活に入るか、入らないかの自由があったとして、帰宅部を自発的に選んだ場合。
帰宅部を選んだ事に責任を持って生きていく事になります。
将来的に、あの時部活に入っていれば、と思ったとしても自分の責任になるわけです。
しかし、部活を強制された場合、選択の責任は強制した教師にいきます。
なので、私も中学・高校時代を無駄に過ごす事になった原因を、いい大人になった今でも、全力で部活を強制した教師のせいにしています。
なぜ帰宅部を認めてくれなかったのか、認めてくれていればもっといい学生時代が送れた、と。
逆に、全力で親等を説得して、途中から帰宅部になった事は今でも後悔していません。
思い返してみれば帰宅部になるのは本当に大変でした。学生時代何も残らないぞとか言われてね。
でも部活を続いていたほうが何も残らなかったと今でも思っています。
嫌なら部活はさっさとやめよう
ということで、如何に嫌嫌ながら部活をやる事が無駄なのか、そして、それを強制することが間違っているのか、書いてきました。
もちろん、そうじゃないという声もあるかと思いますが、敢えて部活強制反対派として記事を書いてみました。
どこかの誰かの助けになればいいなと思います。